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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)2894号 判決 1960年1月22日

原告 安田定助

被告 株式会社安田商店

主文

被告株式会社安田商店を解散する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告両名は主文第一項と同旨の判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

「一、被告会社は男子服、婦人服、子供服の製造販売、服地用織物の販売を業とする株式会社で、昭和三一年五月三一日設立登記を完了したものである。その発行済株式の総数は一、〇〇〇株で、原告安田定助(以下単に定助という)は被告会社の株式一〇〇株を有する株主、原告安田又二(以下単に又二という)は同じく五〇株を有する株主である。

二、被告会社は、原告定助が二十数年来経営して来た個人営業を株式会社に組織した、いわゆる同族会社であつて、株式会社とはいつても営業の実質は個人営業と変りなく、したがつて全くの他人が会社の営業に介入してくることは好ましくなかつたので、役員ならびに株主はすべて原告定助の一族やその友人で担当している。すなわち、代表取締役は原告定助の妻安田寿子、取締役は次女房世の婿養子の安田俊一(以下単に俊一という)、同人の友人の秋元信一、監査役は同じく友人の中村朝治という構成で、株式は設立に際し発行された一、〇〇〇株のうち、五〇〇株が、俊一の婿養子という立場を考慮して、同人の将来に希望を持たすため同人に割り当てられ、残る五〇〇株のうち一〇〇株が原告定助に、五〇株が原告又二に、一〇〇株が代表取締役の安田寿子に、その他は友人等にそれぞれ割り当てられている。

三、原告定助は会社設立後は俊一に営業の一切を委していたところ、被告会社の業態は昭和三三年初め頃から次第に悪化の途をたどり、毎月赤字経営を続けるうち、昭和三四年三月になつてついに約束手形の不渡を出した。そのために被告会社は同年四月二日、銀行取引を停止されて経営は全く行き詰まり、ひいては役員間に意見の対立が生じて、同年四月下旬、被告会社の経営の中心であつた俊一は取締役の辞任を申し出て以後出社しない。そこで、被告会社は後任の取締役選任および昭和三三年度営業報告ならびに全役員の任期満了による改任などの必要から定時株主総会を召集しようとしたが、発行済株式総数の半数を有する俊一が総会に出席しないと広言しているために、総会を召集しても定足数を得られないことが明らかであるし、また、たとえ俊一が出席して総会が成立したところで同人と原告両名その他原告側の株主との間で意見が対立することは必定で、そうなると、ともに五〇〇株づつの議決権をもつて争う以上、決議が成立しないことも明らかである。

そのうえ、昭和三四年五月下旬になつて、石原某と称する男が、俊一の所有していた株式五〇〇株を譲り受けたと主張して、被告会社に対し再三株式の名義書換を請求しているのであつて被告会社の経営に介入して来そうな気配にある。石原某にはなにか企らむところがあると察せられるが、先に述べたように、被告会社は原告定助の一族の繁栄をはかるために、同人の個人営業を母体として設立されたいわゆる同族会社であつて、他人である石原某が被告会社の経営に介入してくることはもとより好ましくない事態である。

四、以上のように、被告会社の営業は全く停頓してしまい、加えて他人の経営への介入の危険を前にして、その業務の執行は著るしい難局に逢着し、会社に回復し難い損害が生じており、あるいはまた、会社財産の管理が著るしく失当で会社の存立を危殆ならしめる状況にあつて、被告会社の解散を請求する以外に株主の利益を守る方法がないので本訴におよんだ。」

被告会社代表者は「原告両名の請求どおりの判決を求める。原告等の主張事実は全部認める。」と述べた。

当裁判所は職権で原告定助本人を尋問した。

理由

一、被告会社は原告等の請求どおりの判決を求めるが、当裁判所は本件のような株式会社解散の訴においては請求の認諾は許されないと解するので最初にこの点について当裁判所の見解を明らかにする。

株式会社解散の訴については、たとえば、婚姻事件には請求の認諾に関する規定を適用しない旨を明らかにした人事訴訟手続法第一〇条のような規定は存しない。しかしながら、明文が存しないから請求の認諾は許されると速断することはできない。請求の認諾は被告が原告の請求の全部または一部を理由ありと肯定する旨の訴訟上の陳述であつて、請求の認諾が調書に記載されると確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法第二〇三条)のであるから、請求の認諾は、当事者の訴訟物についての処分行為であり、裁判所の判断よりも当事者の意思を上位に置き、その先行性優位性のゆえに、裁判所の審理判断を不要ならしめるところの、訴訟物についての私的紛争の自主的解決方式である。したがつて請求の認諾が許されるかどうかということは、当該訴訟の性質や使命を実質的に検討し、当該紛争について判決によらないで当事者に自主的な解決権能が認められているかどうかによつて決すべき問題であるということができる。

原告の請求がもともと法律上許されない性質のものである場合(たとえば妾契約の履行を求めるなど公序良俗に反する場合)には請求認容の判決もあり得ないのであるから、請求の認諾が許されないことは、それが確定判決と同じ効力を有するものであることから考えても明らかであろう。また、法律は、権利ないし法律関係の重要性にかんがみて、あるいは利害関係の広範囲にわたることを予想し、法律関係がいたずらに紛糾することを防ぐために、紛争解決のためには必ず訴の方法によつて主張しなければならないとし、一方原告勝訴の当該判決の効力は当事者以外の第三者にもおよぶとしている(いわゆる判決の対世的効力)場合がある。(たとえば商法第一〇四条、二四七条)このような訴訟にあつては、当事者間の紛争の解決自体はもとより重要な課題であるが、その解決に衡平、妥当性が要求され、ことに現在の表見的法律関係、現象的法律状態を覆滅するような解決においてその要求は一そう切実なものがあるところから、裁判所の審理判断を経る、すなわち判決によることによつて紛争解決の衡平と妥当性を担保し、またそれゆえに原告勝訴の判決に対世的効力を与えて紛争を一挙に全面的に解決しようとする趣旨にほかならない。したがつて、この種の訴訟については自主的な解決権能が当事者に認められていないのであり、請求の認諾は許されないものといわなければならない。もしこの種の訴訟において、請求の認諾を許すとすれば、裁判所の一指も触れえないところで当事者の恣意によつて判決と同じ効力が生じてしまい、訴の方法によらなければならないとした法の趣旨は根本から覆えされ、対世的効力によつて拘束される第三者にも不測の損害を与えるおそれもあることを考えるとその不当なことは明らかである。

以上を要するに、請求の認諾が許されるのは、当事者が判決によらなくても判決と同じような内容と実体法的効果をもつて紛争を自主的に解決することが法律上可能な場合に限るといえる。

ところで、少数株主による株式会社解散請求は、少数株主の利益保護の必要から、商法第四〇六条の二によつて特に認められた制度であるが、株式会社の多数決団体たる性格と矛盾し、また関係者におよぼす影響の大なることにかんがみて、訴によつてのみ可能であるとされているし、また、その判決は形成判決であつて、その効力は第三者にまで画一的な拘束力をもち、この解散判決が確定したときは登記所は裁判所の嘱託によつてその登記をしなければならない(非訟事件手続法第一九三条ノ二第三項)のである。したがつて、右に説明したところから請求の認諾はできないものといわなければならない。

二、そこで本案について判断を進める。

(一)  被告会社は原告等の主張事実をすべて認めるが、請求の認諾が許されない本件においては、紛争解決を当事者の私的自治に委してよいという基本的態度を前提として論理的に導かれるところの裁判上の自白の規定もまた適用がないと解すべきである。

(二)  原告定助本人尋問の結果に、両当事者の一致した陳述の一部を綜合すると、次のような事実を認めることができる。

「一、被告会社は男子、婦人、子供服の製造販売、服地用織物類の販売を業とする株式会社であつて、昭和三一年五月に設立登記を了した。その発行済株式の総数は一、〇〇〇株で、そのうち原告定助は一〇〇株を、原告又二は五〇株をそれぞれ有する株主である。

二、被告会社は、原告定助、同又二、俊一に洋服の製造販売の仕事の経験があつたところから、原告定助の次男である又二や次女房世の婿に当る俊一らの将来の生活の安定を計る目的で設立されたもので、原告定助と、俊一とが中心になつて設立の事務を進めたものである。このように、原告定助の一族の繁栄を計ろうとして設立された会社であつただけに、他人が会社の経営に参加することは好ましくなかつたので、役員はもちろん、株主もすべて原告定助の親族と、俊一の友人とで占められ、いわゆる同族会社である。すなわち、代表取締役は原告定助(後になつて妻の寿子が代表取締役となつた)、取締役は俊一と同人の友人の秋元信一で、株式は設立に際し発行された一、〇〇〇株のうち、原告定助と俊一にそれぞれ一〇〇株が、原告又二、原告定助の妻寿子、次女の房世、そのほか友人らに、それぞれ五〇株づゝが割りあてられた。その後持株は事実上は原告定助と俊一にそれぞれ譲渡され(名義書換えはいずれも未了)原告定助と俊一がそれぞれ五〇〇株の株式を自由にできる立楊にある。

三、原告定助は、会社設立後は専務取締役の俊一に経営の一切を委していたところ、被告会社は設立以来赤字が続き、原告定助からの借入金でようやく営業を続けてきたが、業績は一向に上らず、かえつて負債が増加するばかりで、昭和三四年三月ついに約束手形の不渡を出したゝめ、同年四月銀行取引を停止され、経営は全く行き詰つた。このようなことから、役員間には意見の対立が生じ、同年五月下旬頃、被告会社の経営の中心であつた俊一は取締役の辞任を申し出て以後出社しないので、被告会社は原告定助からの借入金四〇〇万円余の負債を抱えたまゝ営業は全く停頓してしまつた。積極財産とてはほとんど見るべきものもない。

四、そこで被告会社は俊一の後任取締役選任のための株式総会を召集したが、俊一が出席せず、定足数を得ることができなかつたので総会は成立しなかつた。また、たとえ俊一が出席して総会が成立したところで、同人と原告両名の意見が対立することは必定で、そうなると、ともに五〇〇株づゝの議決権を自由にできる実状にあるので、決議が成立しないことも明らかである。

さらにその後、石原宏が俊一から被告会社の株式五〇〇株を譲り受けたと主張して被告会社に対して再三株式の名義書換を請求しており、その経営に介入してくるかもしれない状況にある。」

以上の認定に反する証拠はない。

(三) 右に認定したような事情が商法第四〇六条の二に規定する株式会社解散の要件を満たすかどうかを判断するに先立ち、右規定の解釈について当裁判所の見解を簡単に説明しておく必要がある。

右の規定は昭和二五年法律第一六七号による商法の改正によつて新しく設けられた条文でアメリカ法にならつたものとせられている。この規定は、株式会社の団体性、したがつてそこから導かれる多数決の原理と矛盾しても、なおかつ少数株主の利益を保護する必要がある場合を認めて設けられたものである。しかしながら、株式会社の多数決団体たる性格はもとより株式会社の最も根本的な性格であるから、これを犠牲にして少数株主の利益の保護をはかるについては極めて慎重でなければならない。それゆえにこそ、同条は、その第一、二号にかなり厳格な要件を規定したうえ、なお「やむを得ない事由」があつてはじめて解散を請求でき、またそれも訴によらなければならないとしたのであると考えられる。ところで、同条の第一、二号に掲げる要件はともかく、本文にいう「やむを得ない事由」という文言は極めて抽象的な表現であるが、右に説明したようなこの規定の性格から考えると「やむを得ない事由」があるというのは、株式会社解散の手続として判決による以外に方法がないというような形式的な内容ではなく、同条の第一号もしくは第二号に定める場合であつて、しかも一切の事情を考慮してやはり会社を解散するのが相当と考えられる状況にある、すなわち会社を解散することがとりもなおさず会社、および株主の利益を正当に保護するゆえんであると認められるという実質的な内容を持つものと解するのが相当である。(会社を解散するには判決による以外に方法がないということは必要ではない。たとえば株主総会において解散決議が絶対に成立しないとはいゝ切れないような場合とか、破産の申立をして、会社の破産により解散することが考えられる場合であつてもよい)。

(四) 以上のような見解に立つて、本件の当否を検討しよう。

(1)  先に認定した事実によると、被告会社は設立以来赤字を続け、昭和三四年三月には約束手形の不渡を出したため、銀行取引を停止されて経営が行き詰まり、ひいては役員間に意見の対立が生じ、被告会社の経営の中心である俊一が取締役の辞任を申し出たまゝ出社せず、また同人が株主総会にも出席しないので株主総会も成立しないため後任取締役の選任すらできない状態で、被告会社の営業は全く停頓してしまつたうえ、被告会社には積極財産はほとんどなく、原告定助に対して四〇〇万円余の債務があるというのであるから、これは商法第四〇六条の二の一号にいう「会社の業務の執行上著るしい難局に逢着し、会社に回復しがたい損害を生じ」た場合にあたるということができる。

(2)  そして、石原宏が俊一から株式五〇〇株を譲り受けたと主張し、被告会社に名義書換を請求し、会社の経営に介入してくるかもしれない状況にあると認められるところ、被告会社は、もともと原告定助の一族の繁栄を願つて設立された、いわゆる同族会社であるので、他人である石原宏が被告会社の経営に介入してくるとすれば、被告会社はその性質上、円満な業務執行を継続することが困難になるであろうことは充分推認できる。ましてや、石原宏は被告会社の発行済株式のちようど半数にあたる五〇〇株を譲り受けたと主張しているのであるから、残る五〇〇株を事実上自由にできる原告定助との間で意見が対立すれば(これは充分あり得ることである)株主総会における議決も全く成立しない事態に至るであろう。このような事情を考慮すると、被告会社をそのまゝ存続させて、今後常態に復帰するのを期待することはほとんど不可能な現状にあると思われる。そうすると、すでに積極財産といつてはほとんどなく、原告定助に対して四〇〇万円余の借入金債務を負担したまゝ営業が停頓してしまい、将来においても正常に復帰することのほとんど期待できない被告会社をこのまゝ存続させておくときは、会社ならびに株主がさらに損害を蒙ることはあつても、利益を受けることはまずないと考えられ、むしろ、この際被告会社を解散するのが相当と認められる。

三、以上判示のとおりであつて、原告両名の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用については民事訴訟法第九五条、第八九条により被告会社の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)

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